静岡地方裁判所浜松支部 昭和64年(ワ)2号 判決 1993年8月30日
原告
金子二朗
第一事件被告
ヤマハ発動機株式会社
右代表者代表取締役
江口秀人
同
伊海総業株式会社
右代表者代表取締役
伊海俊郎
第二事件被告
株式会社オキソ
右代表者代表取締役
大石トミヱ
右被告三名訴訟代理人弁護士
杉山年男
同
荒川昇二
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
(主位的請求)
1 第一事件被告両名及び第二事件被告は、原告に対し、各自、金四三四〇万一〇四四円及びこれに対する平成二年九月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は第一事件被告両名及び第二事件被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
(予備的請求)
1 第一事件被告両名は、原告に対し、各自、金一一五一万二二一七円及びうち金一〇五一万二二一七円に対する昭和六二年一二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 第二事件被告は、原告に対し、金一一五一万二二一七円及びこれに対する平成二年四月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第一事件被告両名及び第二事件被告の負担とする。
4 第1、2項について仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 主位的請求の原因
1 当事者等
(一) 第二事件被告(以下「第三被告」という。)は、第一事件被告ヤマハ発動機株式会社(以下「第一被告」という。)の作業所構内において、同被告の製造するスノーモービル及びゴルフカーの検査の仕事を請け負っている者である。
(二) 第一事件被告伊海総業株式会社(以下「第二被告」という。)は、2記載の事故(以下「本件事故」という。)の加害者である山口伊勢憲(以下「山口」という。)の使用者である。
山口は、第二被告から第一被告に派遣されて、本件事故の発生当時、第一被告の作業所内でゴルフカーの移動作業に従事していた。
(三) 原告は、昭和五九年七月六日、第三被告に雇用され、その日から、第一被告の作業所内で稼働していた。
2 本件事故の発生
(一) 原告は、昭和五九年一一月七日午後六時三〇分ころ、第一被告の作業所内(以下「本件事故現場」という。)においてゴルフカー(以下「被害車両」という。)のエンジンの調整作業(ローラー検査)に従事していたところ、同所でゴルフカーの移動作業に従事していた山口が乱暴な運転をして、同人の運転するゴルフカー(以下「加害車両」という。)を、被害車両に衝突させた。
(二) 右の衝突による衝撃で、被害車両のボディシェルが倒れ、これが原告の後頭部に当たり、さらに、原告の頭部が被害車両のボディシェルとゴルフカーの車台にはさまれたまま、被害車両はローラーからはずれて約一・五メートル前方に飛びだした。
3 原告の傷害
(一) 原告は、本件事故により右頸部から肘にかけて痛みを覚えたが、当日はその痛みに耐えて、残っていた三台のゴルフカーの検査を終えて帰宅した。
原告の痛みは、その後も続いたが、原告は我慢して勤務を続けた。
(二) 原告の痛みは、昭和五九年一二月二二日から更に激しくなり、仕事を続けられる状態ではなくなった。
原告は、同月二四日から、次のとおり通院加療をし、昭和六二年一二月二五日症状が固定し、後遺障害別等級表第一二級に該当すると認定された。
(1) 鈴木内科医院
病名 右上腕痛
昭和五九年一二月二四日
(2) 小坂整形外科医院
病名 右上肢の腫れ、項部痛、右高位橈骨神経炎、右肩甲上神経炎、右小円筋腱周囲炎
昭和五九年一二月二七日から昭和六〇年一月四日まで
(3) 聖隷浜松病院神経内科
病名 頸椎椎間板ヘルニア
昭和六〇年二月九日から昭和六二年一月一八日まで
(4) 杉山整形外科医院
病名 頸椎椎間板ヘルニア
昭和六〇年四月一日から同年四月三〇日まで
(5) 浜松労災病院
病名 頸椎椎間板ヘルニア
昭和六二年七月二三日から同年一二月二五日まで
4 しかし、実際には、原告には、後遺障害別等級表第六級の五に該当する後遺障害が残ったものである。
5 被告らの責任
(一) 第一被告は、その下請業者である第三被告の仕事の遂行にあたって下請労働者に労働災害が発生することを防止すべき義務があるのに、これを怠り本件事故を発生させたのであるから、原告に対し、民法七〇九条に基づいて損害を賠償すべき義務を負う。
(二) 第二被告は、その被用者である山口の行為によって本件事故が発生したのであるから、原告に対し、民法七一五条に基づいて損害を賠償すべき義務を負う。
(三) 第三被告は、原告の使用者として、安全配慮義務を負うところ、原告を、元請業者である第一被告に送り込むだけでその安全に配慮したことは全くなく、本件事故現場は同種の事故が発生している職場であるから、ゴルフカーの移動作業に適していない労働者を排除することなどを第一被告に具申すべきであったのに、これをしなかった。
従って、第三被告は、原告に対し、民法四一五条に基づいて損害を賠償すべき義務を負う。
6 損害 四三四〇万一〇四四円
(一) 治療費 四八万七六八〇円
(二) 休業損害 七五四万一〇四四円
原告は、3(二)記載のとおり、通院治療のため、昭和五九年一二月二四日から昭和六〇年五月三一日まで及び同年八月一日から症状固定日である昭和六二年一二月二五日までの合計一〇三六日間稼働できず、これがために、その間の賃金を得られなかった。
これによって、原告は、原告の従前の一日あたりの平均賃金額である七二七九円に右日数を乗じた七五四万一〇四四円の損害を受けた。
(三) 傷害に対する慰謝料 一八〇万円
(四) 後遺障害による逸失利益 二六〇六万五七〇二円
原告は、4記載のとおり、後遺障害別等級表第六級の五に該当する後遺障害を受け、前記の症状固定時、四〇歳であったので、六七歳まで二七年間の逸失利益は、次の計算式のとおり、二六〇六万五七〇二円となる。
七二七九円(一日あたりの平均賃金)×〇・六七(労働能力喪失率)×三六五日×一四・六四三〇(二七年間のライプニッツ係数)
(五) 後遺障害に対する慰謝料 一一五四万円
(六) 弁護士費用 四〇〇万円
(七) 労災保険金 八〇三万三三八二円
(1) 休業補償給付金 五七四万六三一四円
(2) 障害補償給付金 一三三万五五二四円
(3) 療養補償給付金 九五万一五四四円
(八) 損益相殺
原告は(一)ないし(六)記載のとおり、合計五一四三万四四二六円の損害を受けたが、(七)記載のとおり、合計八〇三万三三八二円の労災保険金の給付を受けたので、これを右の損害額から控除すると、四三四〇万一〇四四円となる。
7 以上のとおり、原告は、本件事故により後遺障害別等級表第六級の五に該当する後遺障害を生じ、6記載の損害を受けたものであるから、その損害賠償請求として、主位的に、被告らに対し、四三四〇万一〇四四円及び訴状訂正申立書送達の日の翌日である平成二年九月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 予備的請求の原因
1 一の1ないし3及び5に同じ。
2 損害
(一) 同6の(一)ないし(三)に同じ。
(二) 後遺障害による逸失利益 五七六万五三三一円
原告は、前記のとおり、後遺障害別等級表第一二級に該当する後遺障害を受けたものであるから、逸失利益は、次の計算式のとおり、五七六万五三三一円となる。
七二七九円(一日あたりの平均賃金)×〇・一四(労働能力喪失率)×三六五日×一五・五(三一年間のライプニッツ係数)
(三) 後遺障害に対する慰謝料 二〇〇万円
(四) 弁護士費用 一〇〇万円
(五) 労災保険金 七〇八万一八三八円
(六) 損益相殺
原告は、(一)ないし(四)記載のとおり、合計一八五九万四〇五五円の損害を受けたが、(五)記載のとおり、七〇八万一八三八円の労災保険金の給付を受けたので、これを右の損害額から控除すると、一一五一万二二一七円となる。
3 以上のとおり、原告は、本件事故により後遺障害別等級表第一二級に該当する後遺障害を生じ、2記載の損害を受けたものであるから、その損害賠償請求として、予備的に、第一及び第二各被告に対しては、各自、一一五一万二二一七円及びうち一〇五一万二二一七円に対する原告の症状固定の日である昭和六二年一二月二五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を、第三被告に対しては、一一五一万二二一七円及びこれに対する第二事件の訴状送達の日の翌日である平成二年四月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。
三 主位的請求の原因に対する認否
1 請求原因1の事実のうち、(一)、(二)の各事実は認め、(三)の事実のうち、原告が第三被告に雇用された日は否認し、(三)のその余の事実は認める。原告が第三被告に雇用されたのは、昭和五九年六月六日である。
2 同2の各事実のうち、昭和五九年一一月に、第一被告の作業所構内で、午後六時三〇分ころ、ゴルフカーのエンジン調整作業(ローラー検査)中、被害車両のボディシェルが倒れ、原告の背中に当たったことがあることは認めるが、その余の事実は否認する。右事故による原告の身体への衝撃はごく僅かなものである。また、右の事故が起きたのは、昭和五九年一一月七日ではなく、同月一三日である。
3 同3の(一)の事実は知らない。
4 同3の(二)及び4の事実のうち、原告が昭和五九年一二月二二日午後から休みを取ったこと及び同月二四日欠勤したことは認め、原告に本件事故が原因で後遺障害が生じたことは否認し、その余の事実は知らない。
本件事故により原告が受けた傷害は打撲傷程度のものであり、これは極めて短期間で治癒したものであって、原告主張の後遺障害は全く存在しないというべきであり、少なくとも、本件事故との間に因果関係は存しない。
仮に、本件事故と原告の傷害との間に因果関係があるとしても、原告に生じた損害は加害行為(本件事故)により通常発生する程度範囲を超えており、その損害拡大には原告の心因的要素が大きく寄与している。従って、損害賠償額を定めるにあたっては、民法七二二条二項を類推適用して、損害の拡大に寄与した原告の事情を斟酌し、その分を減額すべきである。すなわち、本件においては、損害額の二割を被告らが、八割を原告が負担すべきである。
5 同5について、被告らが原告に対して損害賠償義務を負うとの主張は争う。
6 同6の事実のうち、原告が労災保険金の給付を受けた事実は認め、その余の事実は知らない。
四 予備的請求の原因に対する認否
1 請求原因1に対する認否は、一の1ないし3及び5の各事実に対する認否に同じである。
2 同2の事実のうち、(五)の労災保険金の給付の事実は認め、その余の事実は知らない。
第三証拠
本件証拠関係は、本件記録中の書証及び証人等目録に記載のとおりであるので、これを引用する(略)。
理由
第一主位的請求について
一 主位的請求の原因事実のうち、同1の事実(当事者等、但し、原告が第三被告に雇用された日には争いがある。)、同2の事実のうち、昭和五九年一一月、第一被告の作業所内でゴルフカーのエンジン調整作業中に被害車両のボディシェルが倒れて原告の背中に当たったこと、原告が昭和五九年一二月二二日の午後から休暇を取ったこと、同月二四日欠勤したこと及び原告がその後労災保険金の給付を受けたことは、当事者間に争いがない。
二 本件事故の態様、原告の傷害の有無、程度及び本件事故との因果関係の有無について検討する。
当事者間に争いのない事実、(証拠・人証略)の結果(但し、採用しない部分は除く。)、鑑定の結果、成立に争いのない(証拠略)、本件事故当時、第一被告において生産されていたゴルフカーを撮影した写真であること及びその原本の存在に争いのない(証拠・人証略)により本件事故現場及び本件被害車両と同種のゴルフカー等を撮影した写真であると認められる(証拠略)(<証拠略>については、撮影対象について争いがない。)、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる(証拠略)並びに弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。
1 原告は、昭和一九年五月二六日生まれの男性で、2記載の事故(本件事故)の発生当時、満四〇歳であった。
原告は、昭和五九年七月ころ、第三被告に雇用され、第三被告から第一被告に派遣され、静岡県磐田市新貝所在の第一被告の磐田第一工場内にある品質技術課完成車両検査場において、第一被告の指揮監督の下で、同工場で生産されているゴルフカー及びスノーモービルの車両検査の仕事に携わっていた。原告は、磐田市の自宅から、右工場まで、自家用車を運転して通勤していた。
右検査場の構造は、別紙図面一(略)のとおりである。原告は、製造ラインから送られてきたゴルフカー等の車両を、機能検査場で、そのエンジン等や外装などを検査し、問題がなければ、自ら運転して登坂路の検査場に移動させる(登坂)という作業に従事していた。
右の機能検査場には、別紙図面二(略)記載のとおり、検査場の床面にローラー装置が設置されていた。このローラー装置は、二本のローラーとその間のクランプ(補助板)より成り、補助板は、通常は床面と同一の高さにあるが、スイッチを入れると約九センチメートル下がる仕組みになっており、前後のローラーは、補助板が床面と同一の高さにある場合は固定されているが、補助板が下がると空転できる仕組みになっていた。
原告ら作業員は、ゴルフカーの後輪を、右のローラー装置に固定して、エンジン調整作業(ローラー検査)を行っていた。
前記機能検査場には、別紙図面一記載のとおり、二つのローラー装置が設けられていた。
2 原告は、昭和五九年一一月一三日午後六時三〇分ころ、別紙図面一記載の機能検査場の2号機(本件事故現場)で、ゴルフカーの検査作業を行っていた。原告は、別紙図面三(略)の一、二に図示するように、ゴルフカー(被害車両)の左側に立ち、その後輪を床面のローラー装置に固定し、ボディシェル(合成樹脂製)を上げて車両本体とボディシェルとの間に上半身を入れ、エンジンの調整作業をしていた。
そこへ、山口が、被害車両と同種のゴルフカー(加害車両)を時速約一〇キロメートルで運転し近づいてきたが、加害車両の操作を誤って、被害車両に追突させた。この衝撃で被害車両のボディシェルはゆっくりと前へ倒れ、その縁が原告の背中から腰にかけて当たった(本件事故)。原告は、すぐにボディシェルを自分で持ち上げ、山口に対して「危ないじゃないか。馬鹿野郎。」などと怒鳴った。山口は、原告に謝り、加害車両を後退させて本件事故現場から離れた。なお、被害車両のゴルフカーには、ボディシェルと車台との間に、ボディシェルが倒れることを防止するストッパーが装備されていたが、本件事故当時、原告が右ストッパーを適正に掛けていた事実を認めるに足りる証拠はない。
右の追突による衝撃は、軽いもので、被害車両のボディシェルが倒れたものの、被害車両が前に飛び出したり、被害車両及び加害車両に損傷が生じたりしたことはなかった。
原告は、本件事故後も作業を続け、被害車両の検査作業を終えて、自ら運転して登坂路の検査場に移動させた。
原告は、この後、就業時刻の午後七時三〇分までの間に、三台のゴルフカーの検査作業を行った。
原告は、本件事故日以降も通常どおり勤務し、職場へは車で通勤していた。
山口は、昭和六〇年九月二〇日に第二被告を退職するまで第一被告の前記磐田第一工場で働いていたが、この間、原告から、本件事故が原因で体の調子が悪くなった、ないし損害賠償せよなどと言われたことはなかった。
3 原告は、昭和五九年一二月二四日、右肩や右腕に痛みを感じたので、仕事を休み、鈴木内科医院の鈴木恒医師の往診を仰ぎ、右上腕痛と診断され、投薬加療を受けた。
原告は、昭和五九年一二月二七日から昭和六〇年一月四日まで、小坂整形外科・外科医院に通院し、小坂道夫医師の治療を受け、右上肢の腫れ、項部痛、右高位橈骨神経炎、右肩甲上神経炎及び右小円筋腱周囲炎と診断された。
さらに原告は、昭和六〇年一月七日に聖隷浜松病院整形外科で、同年二月九日から昭和六二年一月一八日まで、同病院神経内科で治療を受け、頸椎椎間板ヘルニアと診断された。昭和六〇年一月一八日に撮影された頸椎のレントゲン写真では、側面像で生理的前弯が消失し、第三、第四頸椎中心に軽い後弯形成が見られるほか、椎体縁の骨硬化、軽い骨棘形成、第四・第五及び第五・第六頸椎椎間の狭小が見られ、同部を中心とした頸椎柱の直線化が著名であり、バルソニー陰影が見られた。正面像では、下位頸椎ルシュカ関節の骨棘形成が見られたが、肩関節には異常は認められなかった。
昭和六〇年二月九日に撮影された頸椎のレントゲン写真では、右の各症状に加えて、椎間狭小のある第四・第五及び第五・第六頸椎間の可動性が制限されていた。斜側面像では、椎間孔の変形、狭小、ルシュカ関節の骨棘形成が見られ、バルソニー陰影も見られた。
原告は、昭和六〇年三月九日、聖隷浜松病院へ入院し、同年三月一三日脊髄造影による検査を受けた。その際、原告には、側面像で第三・第四、第四・第五、第五・第六頸椎間で前方よりの軽い硬膜管圧迫像が見られたが、前屈位では圧迫像が消失し、硬膜管は全体で軽度狭小し、軽度の脊柱管狭窄が見られた。正面像では、神経根像は描写されず、異常は見られなかった。
原告は、聖隷浜松病院での治療が終わった後も、杉山整形外科医院や浜松労災病院で治療を受け、いずれも頸椎椎間板ヘルニアと診断された。原告は、昭和六二年八月三一日、浜松労災病院に入院したが、入院時には明らかな他覚的所見は見られなかった。入院時に撮影した頸椎レントゲン写真では、聖隷浜松病院で撮影したものと同様の状態にあったが、断層写真では、第五・第六頸椎間の狭小と同椎間後縁に著名な骨棘形成が見られ、脊髄造影写真では聖隷浜松病院のものと同じ状態であり、CT写真では頸椎脊柱管は狭窄傾向にあり、軽い頸部脊柱管狭窄が見られた。
原告は、浜松労災病院の佐藤正泰医師により、昭和六二年一二月二五日症状固定と診断され、後遺障害別等級表第一二級の一二に該当すると認定された。
原告は、この間の昭和六〇年四月、第三被告を退職し、同年六月一日から七月までの約二か月間、静岡県袋井市所在のパチンコ店に勤務した。右のパチンコ店は原告の自宅から約三〇キロメートルの距離にあったが、原告は車を運転して通勤していた。
原告には、現在、加令変性を原因とする頸部脊椎症による神経根性疼痛が認められる。そして、原告は、両上肢、両下肢の痺れ等を訴えているが、他覚症状は認められない。
なお、原告は、昭和六〇年七月パチンコ店を退職した後は、無職である。
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
原告は、本件事故時の態様について「原告の上肢が被害車両のボディシェルに挟まれたまま、被害車両は二ないし三メートル先に飛び出した。原告は、本件事故の後、しゃがみこんでしばらく休んだ。」などと供述しているが、(人証略)に照らして、原告の右供述部分は採用できない。
三 原告は、本件事故により後遺障害別等級表第六級の五に該当する傷害を受けたと主張するが、原告の傷害が後遺障害別等級表第六級の五に該当する傷害であることを認めるに足りる証拠はない。
そして、前記認定事実を総合すれば、原告の傷害は、加令変性を原因とする頸部脊椎症による神経根性疼痛に該当する既存疾患であると認めるのが相当であって、本件事故との間に相当因果関係を認めることはできない。
原告本人尋問の結果中には、原告の右主張に沿う部分もあるが、本件事故の態様、本件事故から原告が体の痛みを訴えて前記鈴木内科医院で治療を受けるまでの間に一か月余の期間があること、原告が診療を受けた各医師による診断及び治療の経緯、原告には他覚的所見が認められないこと及び原告の年齢などの事情を考慮すると、右供述部分は採用することができない。
この他に、原告の右の主張の根拠となる証拠はない。
従って、その余の点について判断するまでもなく、原告が本件事故により後遺障害別等級表第六級の五に該当する傷害を負ったことを理由とする原告の主位的請求は、理由がない。
第二予備的請求について
一 予備的請求の原因のうち、当事者等(但し、原告が第三被告に雇用された日には争いがある。)、昭和五九年一一月、第一被告の作業所内でゴルフカーのエンジン調整作業中に被害車両のボディシェルが倒れて原告の背中に当たったこと、原告が昭和五九年一二月二二日の午後から休暇を取ったこと、同月二四日欠勤したこと及び原告がその後労災給付金の交付を受けた各事実は、当事者間に争いがない。
また、(証拠略)及び弁論の全趣旨によると、昭和六二年一二月二五日、原告の症状が固定し、後遺障害別等級表第一二級の一二に該当すると認定された事実を認めることができる。
二 しかし、第一の二及び三で認定したとおり、原告の症状は、加令変性による既存疾患であって、本件事故との間には相当因果関係は認められない。
なお、前記認定の事実関係によれば、原告の傷害のうち本件事故と相当因果関係があることを窺わせる当初の右上肢疼痛等は軽微であり、これに要した治療費についてはその内訳を認めるに足りる証拠がなく、また、慰謝料については独立の損害として算定するほどのものではないうえ、既に原告が労災保険金八〇三万三三八二円の給付を受けていることに照らしても、これを認めることはできない。
従って、その余の点について判断するまでもなく、原告の予備的請求も理由がないというべきである。
第三結論
以上の次第で、原告の被告らに対する請求はいずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 蘒原孟 裁判官 山川悦男 裁判官 松田浩養)